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登天ポールの「自殺反対、いじめ撲滅」キャンペーン全国行脚 

POSTED DATE : 2007年5月14日

全国行脚スタート 1日目を終えて

いよいよ全国行脚がスタートした。
1番目に訪れたのは隣りの千葉県。
その中でも活気のあるJR千葉駅のクリスタルドーム前で路上キャンペーンを敢行。
今回はその感想を書こうと思う。
今まで東京渋谷をホームに活動してたので正直ドキドキだったが、新しい場所ということで結局ワクワクの方がWINしちゃった。
実際やってみたところ東京よりもハートフルだった。(やっぱ地元パワーは凄い☆)
以外と年配の方が関心を寄せてくれた。
「おにーちゃん、これ食べて元気出しなさい」
と笑顔でおにぎりを渡された。今までの路上キャンペーンにはないシーンだ。
その反面デインジャラスなシーンも。
地元の中学生に囲まれちゃって(絡まれちゃって?)ボスみたいな奴に2センチくらいまで顔位寄せられた。
思わずKISSしちゃいそうになった。
ポールが元気にマウンテンソングを歌い始めると、なんとそのボスが笑顔で一番ノリノリ!凄く親近感のある愉快なボスに変わってる!
それには思わずびっくりシャックリ?。
千葉の第一印象は「ハッピーピープルが多い街」。
みんなありがとマウンテン♪
東京から少し離れただけでこんなにも反応が違うんだ?。
けれど、歌うポールとみんなとの間にある微妙なディスタンスはまだまだ感じる。
様々な事象が影響をしているのであろうが、もっともっと自分が持っている気持ちに正直であって欲しい。
次に訪れる茨城県→栃木県→福島県→宮城県・・・・そこはもっともっとハートフルな地域なのかも知れない。
まずはこの調子でどんどん北へ北へ登っていこうと思います。
よろしくマウンテン♪

POSTED DATE : 2007年5月8日

ポールのティーン時代

今のティーンたちは何をして遊んでいるのだろうか。
今週は神戸での自分のティーン時代を振り返ってみる。
■小学校の頃はよく公園で遊んでいた。
近所にタコ公園というタコの形をした滑り台があった。
学校が終わったら、いつものメンバー3人とタコへ向かう。
滑り台のなのに滑り降りずにジャンプするのが流行っていてw、一度失敗し顔面着地した。
また滑り台を下から駆け登る「逆すべり台」も熱くて、
思いっきりダッシュするんだけどあと一歩のところでズルズル~と滑り落ちた。
なかなか登れない。しまいにはクラスの好きな女子の名前を叫びながら
「あゆみ~♪」とか言ってリポビタンDのCMばりに駆け登ってた。
今思えばこの頃から登り好きだったなぁ~。
遊び終わったあと自動販売機で買うジュースが最高だった。
当時、アクエリアスのレモンが新発売されていて、
100円をみんなで出し合い一気に飲み干した。夕暮れにレモンの香りが心地よかった。
■テレビゲームが登場した。
任天堂「ファミコン」。
まだコントローラーがゴムの■ボタンだった。
近所の一人っ子のヤツが最初に買ったとかでみんなで遊びに行った。
一番人気は「マリオブラザーズ」。
亀を下から頭突いて裏返しになったところをやっつけるという単純なゲーム。
亀がラス1になるとめっちゃ早くなるのでビビッた。
二番人気は「バルーンファイト」。風船2つが命ズナ。
低空飛行過ぎたらナマズに食われた。ビビッた。
小5くらいに「ドラクエ1」が出てロールプレイングの楽しさを知った。
まだセーブ機能がなく復活の呪文をメモる。間違えると涙タイム。
初めてドラゴンに出くわした時はビビッた。
当時家にテレビが一台しかなくやり過ぎるとよく母に怒られた。
アダプターを隠させた。でもすぐ見つけてまたレベルアップに励んだ。
それも見つかりいきなりブチっとアダプターを切られた。
2時間のレベルアップが水の泡。「なにすんねん!!」
家族の揉め事のタネとなっていた。ホント懐かしすぎる…。
■勉強ごとは極端だった。
小6くらいから塾に通った。
一番不得意な教科はすべて。あえていうなら国語。
「下線部の作者の意図を20文字以内で述べよ」
の意味が分からなかった。
『その人と出会ったことがないので分かりません。』
と正直に答えて怒られた。
このままではマズイ、何か得意な教科を作ろうと思い、
中1から始まるニュージャンル、英語だけを集中し勉強した。
おかげで中学三年間オール5。
あとの教科はオール2というアンバランスな現象が起こった。
But、何か一つでも極めたやつは強かった。
その勢いのまま大学まで登りつめた。
国語力がない分今の私のトークには変な英語が混じっている。
■音楽が大好きだった。
小6の頃、「フレフレ!ポンセ」というわけの分からない曲を作った。
当時外人の野球選手ポンセが好きで曲を作った。
ポンセの歌なのに歌い始めは「涙♪微笑み♪ましろにぞ♪」という出だしだった。
当時から意味はなかった。
だが、クラスのヤツに歌いまくってたらウケたので
音楽の先生に頼んで譜面をおこしてもらった。めちゃ嬉しかった。
オルガンで先生に弾いてもらった。感動した。
今考えるとよくあんな歌、譜面にしてくれたなと改めて感謝。
中1~3はジャパンロックに夢中だった。
ブルーハーツやジュンスカ、ユニコーンなど
全くカッコつけていないあの弾け具合が好きだった。
ティーンながらそのソウルがダイレクトに突き刺さる。
濱省、長渕、尾崎豊…本物だった。
今みたいに誰かのマネごとミュージックではなく彼らの人生が歌になっていた。
カッコよかった。
■最後にいじめのこと。
中1~3の頃、「ビーバップハイスクール」とか「ハイスクール落書き」、
「ろくでなしブルース」などが流行っていてヤンキーブームだった。
ジーンズにイカツイ刺繍があるだけで一目を置かれる。
トラサルディーはNO1(笑)。
幼馴染みがヤンキーのTOPだったので自然と私はそのグループにいた。
中学校同士の争いの時代でもあり「お前どこ中や?」。
団結力は強く、今より硬派な時代でもあった。
しかし、その幼馴染みの家庭環境がひどく(離婚してたり兄貴が暴力を振るったり)
ホントにかわいそうなくらいに次の日顔にあざがあったりした。
そんな日は私や周りに八つ当たりのようにいじめを繰り返した。
しかし、幼馴染み。
二人きりになると大好きなブルーハーツの話やライブの話で盛り上がる。
相手の気持ちも分かるし、いじめも止めて欲しいし、ホント複雑な心境だった。
でもケンカとなれば我らのドン、めちゃ強かったし、カッコよかった。
いじめられていたが私の場合LOVEのあるいじめだった。
■今日のいじめ問題。
今はもっと隠見ないじめじゃないかな。自殺するくらいやから。
5/13(日)から全国行脚スタートなので
どんな状況なのか各地のTOPヤンキーとも話してみたい。
いよいよ全国へ向けディパーチャー。
今のティーンエイジに生のマウンテンソングを聞いてもらい
チッポケな悩みなど忘れ元気マウンテンになってもらえればハッピー。
ひとりでも多くの心に届け、マウンテン!!
各地でのマウンテンポーズの写真も楽しみにしててプリーズ。
    改めて皆さんのご協力宜しく~♪
NexT WeeK 「全国行脚スタート 1日目を終えて」

POSTED DATE : 2007年5月1日

路上マウンテン 全国へ…

今回コラムというよりインフォメーションSTYLEでお送りします。
まず初めに先日でファイナルとなった
「マウンテンライブin新宿」へカムして頂いた皆さん
改めてveryありがとう♪
また秋口くらいから月1ペースでできたらなと
シンク中なのでまた宜しくマウンテ~ン♪
そして今回止む終えぬ事情により??
モチベーションの都合により??
見にカムれなかった皆さんも??
次回はよりパワーアップしておくので宜しくマウンテン♪♪
ここからは告白TIME♪
いきなりですが『いじめ撲滅キャンペーン~全国行脚の旅~』を開始します。
                
WhY??
理由は?
ないほうがいいでしょ、いじめ。
ホントそんだけ。
キャンペーン始めた当時は正直
「いじめなんて無くなるんだろうか・・」と思っていました。
しかし今は本気で無くなると思っています。
もちろん時間はかかりますが、近未来には無くなっていることでしょう。
(同じソウルを持つ者がたくさん出てくるでしょうし♪)
さて言うのはやすしきよしですが、いろんな問題が山盛りマウンテンです。
まず全国へ向け走り出すキャンペーンカーはどこにあるのか?
申し訳ないがそこからの物語になっています(笑)。
実は2、3日前からヤフオクでセリセリ中だったのですが、先ほど無事落札GE~Tしました!!
ホンダのSTEPワゴンに決定!!
北を目指します。
千葉→茨城→栃木→福島→宮城(仙台)→岩手→青森→北海ド~~~ン
そして南へ…
秋田→山形→新潟→富山→石川→ふく…?ん??長野、群馬が抜けてるやん??
ヤバイ、思ったよりディスタンスがファー(ヒ汗)!
とにかく九州、沖縄へ向かい最後は渋谷に帰ってきたい思ってます。
スタートはもちろん東京渋谷代々木公園。
ゴールデンウィークラストDAY、5/5(土)6(日)15時から「行ってきマウンテン♪」のあいさつをしたいと思ってますw。最後もここで「ただいマウンテン♪」のあいさつをしたいと思ってますww。
無事周れるといいな~
無事伝わるといいな~
無事元気になってくれるといいな~
IF経済的な理由で途中STOPということもあるかも(笑)ですが、なるべく路上カンパしてもらいながら回っていこうとシンク。途中見かけた際には是非ご協力宜しくプリーズFrom心。
またすべてが地の利のないアウェイ…
果たして歌える場所はどこなのか?
そこで
①全国の皆さん教えてプリ~ズ。歌える場所を。
○○県だったら○○市の○○公園で歌えますとか(笑)
心から情報求む!!
②いじめ問題に取り組んでる全国の小・中・高・大のスクール関係の皆様!!
どこでもいいので「歌いに来てほしい」というオファーがあればそこに行きます。(交通費だけはお願い♪)
③名前に『山』が付く学校や施設、地名、人名(「山田家」「奥山家」)などの『山』繋がりの皆様!!
どこでもいいので泊まらせてくださ~~~いwwwwwwwwwwwww
情報の番号と内容を下記のメールまで宜しくマウンテン☆
   info@toutenpaul.com
素敵な日本の未来のために……                                
NEXT WeeK 「ポールのティーン時代」

POSTED DATE : 2007年4月23日

路上パフォーマーの聖地 代々木公園 

東京代々木公園、NHK前広場。そこは路上パフォーマーたちの聖地。
春夏秋冬、全国からさまざまなパフォーマーが終結する。
日曜日となると屋台のように並びだし、所狭しと両脇を埋め尽くす。
今週は初めて代々木公園でマウンテンソングをSINGしたあの日のSUNDAYを振り返ってみる。
少し肌寒くなった10月のオータム。
その頃の僕は日本の若者に元気マウンテンになってもらおうと
「ニート撲滅、引きこもり反対」キャンペーンを展開していた。
スロースターターな僕は午後にウェイクアップ。
「よし、今日も元気マウンテンで行くぜ~い!!」とバイクにまたがり
レインボーパンツをなびかせながらいつもの井の頭通りをランランRUN~♪
赤信号でとなりの車のあんちゃんたちがこっちを見ていたので、思わずマウンテンコンボを入れる。
意味分からず笑っている彼らにGOODサインをして秋空の下、代々木公園を目指した。
午後2時前に着いた僕は入念にマウンテンポーズを取り今日の調子をチェックする。
すぐに合流した☆さんから一言。
「場所がないよ。」
えっ? どういうこと?? すぐに代々木公園内を歩き始めた。
「こここんなにいんの??」
既にNHK前ストリートは両脇を交互に引き語りのミュージシャンやバンドマン、
ダンサーたちや大道芸人たちでa lot of埋め尽くされていた。
太陽が顔をだす今日なんかはさらに場所がない。
空いている場所といえば通路の入り口付近だったりイカツイ屋台のおっさんがいる前あたり。
仕方なく他の場所を探すことに。
どれくらい探したのだろう。
もう時計の針は午後3時を回っていた。
荷物を背負ってた僕たちはさすがに疲れ、明治神宮の入り口付近のベンチで腰を下ろした。
額には大粒の汗がシャイニング。そしてため息タイム…
「どうする? 今日やめる?」
ついにNGワードが飛び出した。
心揺れ動く中、半分仕方ないかなと思って目の前でダンシングする
ロカビリーの人々を眺めていた。そしたらふと思った。
「ここでできるじゃん! めちゃ広いじゃん! 最高の場所じゃん!!」
じゃんじゃんじゃ~ん♪ のリズムに任せて即セッティングOK。
「行け~マウンテンソン~グ♪ みんなでニート撲滅だ~!!」
今まで歌えなかった気持ちを秋風に乗せ一曲目からスパークSING。
ギャラリーも外国人の方からポツポツと集まり出し気づけばメニーピープルがアライバル。

「この調子で情熱マウンテンだ~!!」
3曲目を元気マウンテンで歌っていた時だろうか。
気にせずSINGでギャラリーに向かって♪みんなで回転マウンテ~~ン♪
とマウンテンポーズをしながら回転をする。回転が終わり正面に向いた瞬間だった。
「おい、止めろ。」
どすの利いた重低音サウンドがマウンテンソングを切り裂いた。
そこには革パン革ジャンでブラックサングラをつけたリーゼントMANが立っていた。すぐさま曲を止めた。
「お前、総長の許可を取ってるのか?」
ソソソソ総長~??ってダダダダ誰? 慌てて☆さんが割って入る。
話を聞くとここは歴史ある場所らしい…
リーゼントMANは80年頃に竹の子族に続いて登場したロックンローラー族の生き残り!? 
25年以上も毎週日曜にここで踊っているらしい。
凄すぎる!!そんなサンクチュアリスポットだとは知らず入り込み、マウンテンをしまくっていた。
どれくらいの時間がスルーしたのだろうか。すっかり私たちは竹の子族の魅力にハマッていた。
「てなことで、ここでは勘弁してくれ。君たちを許すとみんな許さなくてはならなくなる。
一度総長にもあいさつしてみてもいいが、だぶん言うことは一緒だと思うよ。」
僕達はリー即納得し、最後に総長へあいさつをしに言った。
もちろん許可をもらうため。
But,その日総長はいなく本当に会いたかったら来週来てくれという。
私達は宜しくマウンテンと言ってその場を去った。
       …いや~~冷汗マウンテンww…
今考えてみるとよくあんなところでSING&DANCEしたなぁ~と思う。
ホント無知 IS ストロング.(反省)
路上パフォーマーの聖地、渋谷代々木公園。
今もなお全国から集まった自慢のパフォーマーが芸を磨いている。
そこは日本史上最も歴史のある場所であり、最もレベルの高いパフォーマーが集う場所である。
NEXT WeeK 「路上マウンテン 全国へ…」

POSTED DATE : 2007年4月16日

路上から見えた人と天候の関係

人と天候の関係…自分でつけたタイトルながら、あらためて見ると地味だな?。
晴れた日はハッピーだし、雨の日はブルーだし、ってことなんだけど(笑)。
まぁ、路上ライブをやってみて、「天候具合で明らかな反応の違いを味わった」
ということを書いてみようと思う。
路上キャンペーンがファイナルを迎えて、早や2週間が過ぎようとしている。
もう春なんだと実感し、暖かいことは何よりもハッピーだと感じる今日この頃だ。
路上から見続けた秋の渋谷、冬の渋谷、春の渋谷は、行きかう人々の雰囲気もめまぐるしく変わった。
中でも、ある曇った日の宮下公園、真冬の寒波ニーデイズはとても厳しいものだった。
気温は5度までダウンし、マフラーがめくり上がるくらいの突風が頬を刺す。
歌い始めて一時間弱、まだ夕方4時というのに太陽は沈みはじめ、
人々の歩くスピードもあきらかに早い。
明治通り沿いの公園は単に目的地へ急ぐための通り道にしか過ぎなかったわけだ。
毎回応援してくれてる浮浪者だけがこっちを見ていたが、どれだけ叫んでも…
人々の心まで届かない。
同じ曜日、同じ時間、同じ場所、同じ歌、同じパフォーマンス…
先週と何が違うというのか…
このとき僕は初めて思い知らされた。
天候がこんなに人々を左右するものなのだと。
全く違う表情を見せるということを。
毎回、同じパフォーマンスしていたのでは立ち止まってはくれない。
その状況にあわせパフォーマンスをしない限り、
みんなの足取りは北風とともにファーラウェイ。
かすかな記憶だけど、周りを暖めるキャンプファイヤーになればいいんだとひらめき、
ファイヤーっぽい動きをしてみたことを覚えている。
数名立ち止まってくれたが、一曲終わるとすぐファーラウェイという繰り返しだった。
一方3月の初春、雲一つない快晴に恵まれた路上はすごかった。
気温は今年初めて20度をアップした。
何かを求めようとする人々の目がサンシャインのごとく輝き、歌う前から人が集まった。
まだ、歌ってないのにもかかわらず何故かCDを買ってくれる人もいた。(外国人だったが…)
ウォーミングアップマウンテンなのに、若手芸人のようなオーバーリアクションで笑ってくれた。
まだ、真冬の渋谷の景色や人々のことを、懐かしいくらいにフラッシュバックし鮮明に映し出す。
思えば自分も天候によって思いっきり左右されてるコトに気づく。
みんなもそうだと思うが、特に雨の日はdislike。
理由は3つ。
①傘が必要
②マンホールが怖い
③クセ毛がふにゃふにゃになる
①すぐ忘れる。今まで20本以上は置き忘れている。
まさにリーブ21状態。
それとは逆に「わっ、傘忘れた~」と思ったら右手で持っていたりする。
②ある曲がり角での出来事。僕は、小降りのなか、原付で家路を急いでいた。
時速60キロでカーブに差し掛かった瞬間、マンホール君が見えてきた。
ヤバイと思いつつも勢いは絶やさず、ノリで乗り超えようとした瞬間、
後輪がツルンと横に滑り地面へダイブ。
幸いヘッドスライディングぎみな受身をとってなんとか軽症で済んだが、
バイクのミラーがなくなってぼろぼろタイムに。
雨の日のマンホールの存在を忘れていた。もっとツルンを意識しなければならない。
③ハイスクールの頃、調子に乗ってパーマを当てた次の日の出来事。
体育の授業中ちょうど雨が降ってきた。
もちろん全員ずぶ濡れになり、せっかく一時間もかけてセットしてきた
僕の髪の毛がクリンクリンに。
授業後、慌てて鏡で見た自分の髪型が、
なんと奈良の大仏チックになり即効早退したのを覚えている。
てな理由で雨は好きにはなれない。
幸い路上ライブは機材の関係上雨天中止だけど、許されるのであれば一度チャレンジしたいと思う。
雨の中でも人々を立ち止まらせ楽しませることができればこれ以上嬉しいことはない。
天候に左右されることのない真のパフォーマーを目指して、まだまだレベルアップの日々は続く…
Next WeeK 「路上パフォーマーたちの縄張り争い~原宿竹の子族VS登天ポール~」

POSTED DATE : 2007年4月9日

路上から見えたエネルギーの連鎖

人と人が繋がり合うのは不思議なものだ。
中でも全くの知らなかった人たちと繋がり合う瞬間は生きている醍醐味を感じさせる。
路上で繋がった人たちとは、何か懐かしい感覚を覚えた。
ちょうど今新学期なので初めて友達ができた思い出から書いてみる。
中学生から高校生になって初めてのクラス。友達もいない。
意味もなく一人で廊下に出てみたりして落ち着きがない。
まだそんなに興味もない新教科書を興味新々っぽく広げてみたりしていると笑い声が聞こえて来た。
ちらっと見る。
既に2、3人のグループができていて楽しく話合っていた。
「ジーザス!? もうあそこ友達できてるやん」
焦る。こんどは周りを見る。
また向こうで3人で話し合っているグループがいる。
「ヤバい、このままだと最後までアローンになるぞ!」
もう一度周りを見渡す。すると同じように一人で教科書を広げている奴がいる。
「だぶんあいつ俺と一緒やな」
話しかけたい。でも何て言ったらいいのか分からない。それよりも断られたらどうしよう。
勇気出して話しかけるか? マイワールドにひたるか? ボクは勇気を出し前者の選択を選んだ。
「初めまして、登天ポールっていいます。宜しく♪」
するととっても驚いた顔の後、とびきりの笑顔で
「濱口です。こちらこそ宜しく♪」の言葉。
そう、今でも忘れない。
初めて友達ができた喜び。
初めて繋がり合えた喜び。
あの喜び、あの瞬間。
押さえつけられていた風船たちが一気に空へ弾け飛ぶように二人はしゃべり続けた。
あれから15年、今でも彼とは大切なdearフレンドでいる。
路上から見えた繋がりは、そんなあのときの喜びに似た感覚でとても懐かしくもあった。
これに似た繋がりは旅先でも同じだ。
旅先での旅館の女将であったり、海外旅行へ行って世話してくれた現地のおっさんであったり、新しい人との繋がりは旅の醍醐味とも言える。
大学時代、いろんな国へ海外旅行をした。
バリ、スリランカ、フィリピン、メキシコ、アメリカ、韓国、中国etc.
いろんな人種と繋がり合った。地球は一つなんだ。
人類皆兄弟なんだと何も分かってない無知な学生ながら感じたことだった。
通じ合う喜び。あきらかにこの気持ちが毎週路上へ出て歌う原動力となっていた。
一人と共鳴できると、一人友達が増えた感覚になり喜びが増し、
もう一人できるとさらにテンションアップする。
集まったら集まった人の数だけテンションアップにつながり、そこはもう喜びマウンテン。
自分でもまだ見ぬ領域に突入するといった感じ(笑)。
路上から見えたエネルギーの連鎖は、自分の気持ちに正直になることから始まる。
それは、人と人とが繋がるシステムの源なんだと感じた路上だった。
つづく・・・
Next WeeK 「路上から見えた人と天候との関係」

POSTED DATE : 2007年4月1日

路上から見えた日本の未来

2006年秋~2007年春までの約半年間に亘り
渋谷の路上で「自殺反対、いじめ撲滅」というテーマを掲げ叫んできた。
今の感じている素直な気持ちを正直に表現したいと思う。
寒い中にも関わらず立ち止まって見てくれた人たちに改めて感謝したい。ありがとう。
淡々と歩き続ける人、立ち止まる人、笑う人、睨みつける人、
無言のまま見続ける者、写メを取る人、一緒に歌う人、マウンテンポーズをする人…
ホント数え切れない人々を路上から眺め改めていろんな人達がいるのだなと実感した。
その中でも一貫して飛び抜けた反応が返ってくる人々がいた。
海を越え日本へ渡ってきた外国の人々だ。
アメリカ人にイギリス人、ドイツ、オーストラリア、フランス、イタリア、メキシコ、韓国、香港、インドネシア、タイ、イラン、インド、ネパールなど…記憶にある外国人だけでもこんなにいる。
改めて日本って(特に東京)国際都市なんだなと関心しながら、?マークがよぎった。
何かが違う?
ものすごく正直に、楽しんでいることをカラダ全体で表現し、
端から楽しむのではなく、自ら楽しもうとするエネルギーを感じる。
彼らは、周りなんか気にしない。
楽しければ、楽しいと表現し、それをアピールする。
恥ずかしがり屋の日本の若者の反応とは大違いだった。
なんなのだろうかこの違いは? 日本人気質の問題だけなのか?
ポールは今も答えが出ずに困惑している。
ポールが面白かったとか面白くなかったとかはどうでもいい。
日本に生まれ日本に育ち日本で生きていこうとする私にとってこの違いは衝撃的だった。
あきらかに心と体が……
若者の聖地渋谷、日本を代表するヤングジェネレーションの街で
世界とこうまでハッキリと違いがでるものなのかと。
路上で掲げていたテーマが重かったせいもあるとは思うが
日本の若者たちの元気のなさが目立つ結果となった。残念だが…
素敵な日本の未来のためにあえて臭いことを言わせてもらう。
これからの時代は、これからの日本はお前たちの時代だ。
世界に誇る日本の未来はお前たちで築いていかなければならない。
古い考えを持ったおっさんのいうこととか全く無視していい。
今までの常識もいつの間にか次の常識に変わる。
今よりもっと情報も発達し、もっと便利になり、機械化が進み、
ありえないモノやありえない出来事も出てくるだろう。
その新しい時代か来てその環境の中で臨機応変に対応していかなければならない。
おっさんたちは携帯電話の機能だけでもうついていけないのだから(私も含めて)。
Dear日本の若者へ
ヤバイぞ!このままでは中国に抜かされるぞ!
この前ポールいってきたけどヤバイぞ彼らのテンション!
そしてヤバイぞ! すぐ終わると思っていた韓流ブームが勢いを増してるぞ!
この前韓国いって来たけどヤバイぞあそこのキムチ!
マジうまかったぞ!
ヤバイぞ! まじヤバイぞ日本! このままでは中国→韓国→日本の順になってしまうぞ!
さてどうする?
誰が日本を守るんだい?
それはお前らやろ?
正直になろう。もっと自分に正直になろう。
いつ変わるかもしれない今の常識や価値観になんて捕らわれることなく表現しよう。
可能性を求めよう。自分でいこう。周りなんて気にするな。
お金なんて意識するな。そんなもん後から付いてくる。
もっと元気マウンテンでいこう。
                                April 1st 登天ポール
世界に誇る大都市東京。
路上から見えたこの国の未来はまるでウルトラマンのように危険信号が点滅しているように見えた。
続く…Next WeeK 「路上から見えたエネルギーの連鎖」