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登天ポールの「自殺反対、いじめ撲滅」キャンペーン全国行脚 

POSTED DATE : 2016年1月30日

南アフリカを訪れて~ランガ・タウンシップツアー~

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ケープタウンのはずれ、20キロはずれた場所にランガ・タウンシップと呼ばれる旧黒人居住区がある。

旧アパルトヘイト時代に白人と黒人と区別され、黒人専用に移住させられた場所だ。

今回はケープタウンからのツアーに参加した。

ワンボックスカーに僕と70歳くらいの歴史学者風なアメリカ人男性と二人だった。

トタン屋根の街並みが見えてきた。ランガ黒人移住区。

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黒人の子供たちが道端で遊んでいる。

明らかに黒人しかいない。

完全な黒人ローカルの雰囲気に少し体が緊張している。

ガイドのロイはここのタウンシップ出身だということが唯一の安心材料だ。

矢つぎ早に彼はアパルトヘイト時代の歴史を話し始めた。

白人以外の人間を6種類に分けた。

日本でいう士農工商、身分制度の時代と似ているだろうか。

しかし、最も違ったのは、政府主導ではっきりと居住区を限定して分け、パスカードを持たせた。

そのパスカードを発行したり、通行所が設けられていて、その跡地を始めに見せてもらった。

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中には当時、パス制度に反対した黒人デモの写真やパスを燃やしている写真もある。まさに今立っているこのランガの場所で壮絶な白人と黒人の摩擦があった。

中学校の時、世界史の教科書に載っていた。あの場所に今立っていると思うと、非常に感慨深くなる。

車輪がない車の廃車、赤く錆びて、その鉄の塊がゴツゴツ、と音を立て、間違った場所に入ってきた感じがする。

さらに街中へ進むんでいくと、居酒屋なのかバー、駄菓子屋のような。子供たちがジロジロ見ている。

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一体何をして生活しているのか、聞きたいが彼の英語が全く早くて何を言っているのかわからない。さらに奥へと進むと、一軒のトタン屋根の家に案内された。

狭い部屋の中に夫婦2人が慣れたように挨拶をする。

ここはいつも協力してくれているのだろうかとそんなことを思っていると、急に鼻をつん裂くような悪臭が襲った。

一瞬食材が腐った匂いなのかと思ったが、布団や衣類の匂いだった。洗濯は手洗いだという。何重にも重なり、ものすごい匂いを放っている。

古い家具、古い冷蔵庫、いつの時代のものだろうか、この部屋で家族7人が住んでいる。

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「ここにはいじめや差別はあるのですか?」

と聴くとガイドは、

「タウンシップではみんな同じ立場の人たちが集まっているからみんなで助け合って生きている。互いのコミュニケーションも厚く、情報もみんなで共有し、ここには都会にはない大切な絆がある」と誇らしげに語った。

タウンシップツアーに参加するまでは、差別された黒人たちが貧しく、仕方なく住んでいる人たちのイメージがあったが、彼らなりの心の豊かさがあった。

タウンシップで遊ぶ子どもたちの笑顔は限りなく美しかった。

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POSTED DATE : 2016年1月30日

南アフリカを訪れて~ロベン島にて~

水しぶきをあげ進んでいくフェリーの窓辺から、どんな思いでネルソンマンデラはこの海を見つめていたのだろうか。

猛スピードの速さで進むフェリーは30分ほどでロベン島に着いた。

南アフリカのいつものカラッとした気候とは対照的にこの日はとても風が強かった。

島の縦横にはりめぐらされたゆとりある道路、集会所、警察署、教会、それぞれの宗教と思われる建物、お墓・・・

なんだろう、この感じ、どこかで見たことがある。

そうだ、昨年訪れた香川県高松市、大島青松園だ。

瀬戸内海に浮かぶ島はハンセン病患者を隔離させるための収容所との雰囲気が一緒だった。

家族や友人と引き離され、人間が人を差別化する時にとる行動は、古今東西同じなのだろう。

牢獄の中へと入る。

狭い牢獄の廊下。

日中と言うのに薄暗く、体感温度は冷たい。

鉄格子とコンクリートだけの壁が南アフリカの青い空と海と反比例し、さらなる異空間を感させた。

元監守のガイドは所々で止まり、当時の生々しい状況を熱く語る。

ここがマンデラが過ごしていた場所です.

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そこはいくつも連なる箱のような牢獄の一つだった。

他の囚人の部屋と何ら変りない。

3メートル、3メートルくらいの方形の部屋に一枚の毛布と敷布団、そして鉄格子つきの小さな窓。

マンデラは28年間この独房で過ごした。

鉄格子の隙間からわずかに差し込む光に、彼は何を託していたのだろうか。

マンデラはあきらめなかった。

コンクリート塀に囲まれた広場では政治の勉強の場として情報交換をしたり、監守を説得し育成する場でもあった。

常にマンデラは白人主導の人種隔離政策(アパルトヘイト)の撤廃をあきらめず、自由のために戦かった。

マンデラは最も屈辱的な状況下でも自分の信念と精神を貫き通した強さに僕の心は深く揺さぶられた。

 

この経験を終わらせてはならない。

ネルソンマンデラの残した情熱を、人権教育を訴える一人として、僕はしっかりと心に刻みつけた。

 

POSTED DATE : 2016年1月11日

南アフリカを訪れて〜日本人としてのアイデンティティ〜

「Where are you from?」

日本だというと、寿司だ、トヨタだ、津波だ、知っている日本のことを積極的に話してくる。

どうやら南アフリカでは日本人は珍しいらしい。

街中では寿司の看板があったり、日本車が走っていたりするのだが、確かに日本人は僕も2週間を経てまだ一人しか出会っていない。

3箇所目の宿で出会った2人組のアメリカ人男性との会話だった。

彼らはHIV感染を防止するためNGOの仕事でボツワナに27か月滞在し、今、年末の休みでケープタウンに来ていた。

お互い年も近いこともあり、僕らはすぐに打ち解けた。

何の話でそうなったのかわからないが、仕切りにアイムソーリーと言ってくる。

ようやく第二次世界大戦のことだと理解できたのは、ヒロシマ、ナガサキというキーワードが出た時だった。

あの時は悪かった、許してくれと。

僕はどう答えていいのかわからなかった。

誤った対応をしたら、それが日本の民意だと受け止められかねない。

いきなり日本人としてのアイデンティティを問われたような気がして、言葉を探した。

あの敗戦で日本は反省し、平和国家へと進み、他国を攻撃するベクトルを、自国の発展へと向きを変え、経済大国になることができたと素直に思ったことを伝えた。

すると、彼は「I respect for you!I respect for Japanese!」と深々頭を下げて見せた。

思わずサンキューと、何だか僕で良かったのかと複雑な気持ちになった。

彼は日本語でリスペクトはなんと言うのかと僕に尋ねた。

「尊敬します」っていうと「SONKEI SIMASU! SONKEI SIMASU!」ってよほど響きが気に入ったのか何度も何度も言った。

彼のお笑い芸人のコントのようなイントネーションに思わず笑ってしまう。

とても和やかなムードになり、僕たちは時代を超え、プチ日米和親条約という名の握手を交わした。

もしかして僕が思っている以上に、日本人は素晴らしい人種なのかもしれない・・

日本人をほとんど見ないこの街で、僕は急に胸を張って歩き出したくなった。

POSTED DATE : 2015年12月31日

生きる楽しみを

2015年も最後の日となった。

今年も全国の多くの学校や生涯学習の場で講演する機会を戴き、約2万人の青少年、大人たちに思いを伝えることができた。
講演後、今年はとくに声をかけてくれたり、メールをくれる生徒たちの数も増え、たくさんのいじめに関わる思いを聞くことができた。

 

「毎日が嫌で嫌で、死ぬことも考えていました」
講演後届いた中学1年生の女子からの感想文。

 

「何度も死んでみたらどうだろうと思っていた。いじめを恐れて人は変わってしまう」
講演後の中学3年生の男子からのメール。

 

「彼らに生きろって!死ぬなって言ってください」
和歌山県での講演後、僕の手を握りしめながら言った60歳くらいの女性の言葉。

 

今年の講演で最も心に残っている言葉です。

 

■生きている楽しみって。

非正規社員の未来、年金受給の減額、下流老人という言葉・・。
今年の報道では未来の不安を伝えるニュースが増えた。
見えない未来に対して大人たちが生きる楽しみを見失っているように映る。

一体生きる楽しみってなんだろうか。

もしも未来を心配して思い煩っていた今日があるならば、今日の幸せは一体どこへいくのだろうか。
今日の、この1日の楽しみを感じることができないのであれば、「今日」が積み重なっている未来を果たして楽しむことができるのだろうか。
与えられた今を、この現状の中でいかに最善な楽しみ方を見つけることが大切だと私は思う。

 

■「与えられる」楽しみではなく、「冒険する」楽しみを。

毎日のちょっとしたことで生きる楽しみは広がっていける。

例えば、大好きな音楽を聴きながら、公園に出かけて見ると、ちょうど夕暮れ時の空と音楽がいい雰囲気で、感動のBGMになっていたり、入ったことがなかった中華料理屋に思い切って入ってみると、餃子がこだわりの手作りでとても美味しく安かったり、前から気になっていた物を思い切って買ってみたところ、想像以上に素晴らしく、いつもの日常に明るみを持たせてくれたり・・。ちょっとした「冒険」をすることで得られる「発見」が生きる楽しみに変わっていく。

日常の「冒険家」になってほしい。

明日から新しい1日が始まる。

2016年は今できる最善の楽しみを一緒に探して行こう。

 

 

POSTED DATE : 2015年10月9日

嬉しいお便り

この活動をしていて一番嬉しいことは、元気がなくなった時はマウンテンを思い出してくれて頑張っているというメッセージです。先日もらったメールも困難に負けず頑張っている女子高校生からでした。力強いメッセージで、僕の方こそ勇気をもらえたので、匿名で紹介したいと思います。
これからの季節は人間関係だけでなく、進路等、悩むことが多くなるかもしれませんが、笑顔マウンテンで乗り切っていけたらと願っています。
『私は香川県に住む高校2年生です。2年前、私はT中学校の3年生でした。進路や友人との関係、いろいろなことで悩み苦しんでいる時でした。そんな時、人権学習という取り組みで登天ポールさんに出会いました。正直、また長い話をずっと聞かなくちゃいけないのか…嫌だなぁと思っていました。しかし登天ポールさんは違いました。ド派手な衣装を着てギターを持ち、歌いながら講演をする姿は今でも鮮明に覚えています。登天ポールさんの話を聞くうちにいつのまにか話に聞き入っていました。あの講演から、私が辛い時は必ず「マウンテンソング」を聞くようにしています(笑)あの曲を聞くと元気が出てきて、もっと頑張ろう、こんなことじゃめげてはいられない!強く生きるぞ!という気持ちが湧いてくるんです。そして2年前から私の好きな言葉は「いつも心にマウンテン」です。将来の夢はまだちゃんと決まっているわけではありませんが、人の役に立つ仕事をしたいです。そして人の心の痛みに寄り添える人間になりたいと思います。
この気持ちをどうにかして届けようと思ってFacebookを通してですが、メッセージを送らせていただきます。かけがえのない思い出と出逢いに感謝しています。
これから寒くなりますが、体調にはお気をつけてお過ごしください。』

POSTED DATE : 2015年4月4日

桜の花が咲くように

いつも通り過ぎていた道端に桜が咲き、こんなところに桜の木があったんだとしばらく眺めていました。
こうやって桜に魅せられて、普段何ともない道で立ち止まったいくつかの春の街角を思い出しました。
ちょうど一年前、金沢から神戸に活動拠点を移しました。
兵庫、滋賀、京都、大阪、和歌山、岡山、徳島、香川と関西を中心に、たくさんの学校を訪問しました。
多くの校長先生方とお会いし、一人でも多くの子どもたちに伝えさせて下さいとお願いしました。
講演では本当に大切なものは何だろうと問いかけ続けました。
ステージを降り、同じ目線で子どもたちと触れ合い、笑顔で繋がり合える時間を大切にしてきました。
 いじめはいけない、そんなこと言われなくてもみんな分かりきっている。
 誰も好き好んでいじめたりはしない。
 きっかけはちょっとした面白半分だったかもしれない。
 自分の気分が良くなく、思わずキツイ言葉を言ってしまったのかもしれない。
 自分との違いを素直に受け入れられなかったのかもしれない。
 ちょっとしたボタンの掛け違いからいつの間にか大きく広がっていってしまったんだ。
 
 
新天地で2度目の春。
何気ないいつもの道に、桜が咲くように、
今年度もたくさんの学校にハピネスを咲かせていきたい。
    いつも心にマウンテン

POSTED DATE : 2015年3月4日

川崎中一事件について

川崎中一生の凄惨な事件にどれだけ多くの人が怒りを覚えただろうか。
上村君は島根県沖の自然豊かな地で友人や地域の人たちと笑顔に溢れて暮していた。
家庭の都合で大都会、川崎に引っ越した時、何を失い、何を得たんだろうか。
たぶん上村君は人とのつながりの薄さを肌で感じたのだと思う。
希薄な都会は孤独感を一層募らせる。
だから彼はたとえそれが悪い不良グループだと分かっていても、仲間に入りたかったのだろう。
そしてそのふとした孤独からの不良グループへの入会は退場を許してはもらえなかった。
グループ内ではメールやラインが行き交っていたらしいが、彼らの隔絶された別空間には他者は入り込めない。
ここにこの事件の大きな問題が潜んでいる。
一昨年僕は内閣府主催の海外派遣でイギリスへ行ってきた。
イギリスも今一番の問題はこのネット社会だと言っていた。
しかし、どんな状況の中でも、子どもの姿や様子から、悩み、苦しみの危険信号を読み取ることはできる。
そんな時は大人として真剣に取り組まなければならない。
一度失った命は二度と戻らない。
「命とはなぜ大切なのか」を、普段から学ぶことこそが一番求められているのだろう。
命の大切さを家庭で、学校で、地域で、しっかり学び、僕もその一翼を担いたい。
僕がいつも講演で歌っている「命輝かせながら」の歌詞をあげておきたい。
  私は何のために生まれてきたんだろう
  私は何のために生まれてきたんだろう
  ずっと前の思い出を 探していく旅
  これからどんどん大人になっていくけど
  どんどん嘘もうまくなっていくけど
  決して変わらないことがあることを知ってほしい
  テレビやネットを見たってわからないこと
  メールやラインを見たってわからないこと
  本当に大切なことってどこにも載ってないから
  自分で探していく旅 命輝かせなから… 

POSTED DATE : 2015年3月2日

春の足音

春の音が一日ごとに大きくなり、気がつくともう3月なんだと
暖かくなっていく嬉しさと時の速さの焦りを感じている。
目元がかゆいなと思ったら、いつの間にか花粉が飛びかっている季節なんだ。
いつもの住吉川沿いのランニングコース。
去年まで住んでいた金沢では今頃まだ雪がチラついていたのにと、ふと北陸の景色を浮べる。
あの頃の仲間、そして88歳のおばあちゃんはどうしてるのかな…
みんなの顔を思い浮かべつつ、ランニングのペースを上げた。
あれ?前より息が切れていないぞ…体も軽いぞ…
早春の伊吹が僕をそうさせているのだろうか。
今年何気なく見た運勢の記事を思い出し、このまま突っ走っていこう。

POSTED DATE : 2015年1月17日

阪神淡路大震災から20年~被災地での決意~


2015年1月17日5時46分。
「それでは皆さんで黙とうをしたいと思います。黙とう…」
神戸市灘区、大和公園。
以前地域型仮設住宅があった場所。
僕は震災当初から神戸大学生の中心に結成された震災救援隊のつどいに参加し、OB、OGの方々約40名と輪になって黙とうを捧げました。
さっきまで風が吹いていたのに不思議とピタリと止みました。
真空管の中にいるような静寂の中、20年前のあの時の記憶をそっと辿ってみる。
20秒ほど過ぎたとき、ジーンと足元から伝わってくる寒さを感じました。
  あの時、十分な衣服を着る間もなく放り出された人たち、
  瓦礫の下敷きになった人たち、
  きっとこの寒さにも震えていただろうに…
神戸に戻ってきて、初めて迎える震災記念日。
僕はこれからもあの体験を1人でも多くの子ども達へ伝え続けようと思いました。

POSTED DATE : 2014年12月12日

マララさんが日本の子ども達を見たら…

パキスタン出身のマララ・ユスフザイさんが2014年ノーベル平和賞を受賞しました。
彼女が「子ども達に教育を!」と訴えたスピーチは感動的でした。
日本の子ども達の不登校児が増えているというのは何とも皮肉な話です。
2013年度に年間30日以上欠席した不登校の小中学生は計11万9617人。
(文部科学省が2014年8月7日に発表した学校基本調査)
前年度より約7000人増加しました。
不登校は悪いのか、良いのか?という定義はいろいろだろう。
僕は今一度、学校とは何たるものかを、真剣に考えてみました。
学校は勉強を学ぶだけじゃない。
僕の体験からいえば、修学旅行で、初めて見るお城に感動して、貯金箱になったお城の置物を思わず買ってしまったり、体育会でバトンを落として恥じをかいたり、合唱コンクールで同じハーモニーを奏でて優勝したり、好きな人とすれ違ってドキドキしたり…勉強以外の学びがたくさん詰まっている。
 
 学校でしか体験できない景色がある
同世代の仲間と巡り合い、共に泣いたり笑ったりできる友と過ごせた時間は最高だったな~。

POSTED DATE : 2014年11月30日

ホームパーティー

講演先の徳島県でホームパーティーの招待を受けました。
招待下さったF先生ご夫妻は若者の育成に取り組み、国際色豊かな総勢9人のパーティーでした。
その中にアメリカ人のALTの二人がいて、英語が飛び交って会話が弾みました。
肉じゃが、大根煮炊き、鳥の唐揚げなど、みんなで作るところから始まって、一つのものを達成する喜び。
英語が得意のはずの僕も、B級グルメの富士宮焼きそばをアメリカ人に説明する時の難しさを痛感し、
ボディーランゲージばかりが先行して、「セカンドヌードル、Aじゃないヌードル」としか
言えていない自分に愕然としました。
最後はギター弾き語りでマウンテンソングを歌い、みんなでハッピーマウンテンポーズをしました。
「国際交流」というフレーズが毎日のように流れる昨今、国際交流とは、どちらも同等に接し、お互いの文
化から突破口を切り開いて、相手に興味を持つ事だと体験を通じ学びました。
※ALT(外国語指導助手)とは、Assistant Language Teacherの略。外国語を母国語とする外国語指導助手をいいます。小学校や中学校・高等学校に児童・生徒の英語発音や国際理解教育の向上を目的に各教育委員会から学校に配置され、授業を補助しています。

POSTED DATE : 2014年11月21日

六甲の風を受けて

週2回走る神戸、住吉川沿いのランニングコース。
折り返し地点から変わる上り坂。
夜は六甲山からの風が海へと吹き下ろし、さらに抵抗を感じる。
初冬の風が心地いい。
走る前はとても寒く感じたけど。
今日の水面は鏡のように街灯を映している。
自分で決めたタイム内にゴールすることができるのかな。
時計をちらっと見る。
このペースでいけば昨日の自分を越えることができるかもしれない。
一日一日の小さな勝利を積み重ね、大きな自信へと繋いでいきたい。